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今次の出張前には,話題になっていたこともあり,多くの知人から食べ物に気をつけるように言われた。今に始まったことでもないし(段ボール入り肉まんはやらせだったと発覚との報道が後日なされたが),日本を含め,どの国でも100%の安全保証はどだい無理だと思っているので,とくに気を留めていなかった。しかし,現地で中国からの食品輸入に従事している知人から,一連の報道の影響は大きいと聞いた。円安とのダブルパンチで売り上げ減少は深刻らしい。
その意味で,帰国後みかけた,ブログ記事「中国からの輸入食品の安全性」は秀逸。要するにどの国の食品であろうと,100%の安全は保証されないということ。それにしてもマスコミ・識者には,十分な分析を経た上で,多角的に報道・発言をしてもらいたいものである。もちろん,上掲記事も一つの分析である。
中国留学時,当地のマスコミの報道には色々考えさせられたが,帰国後,その経験をもって日本のマスコミの報道に接すると,様々な問題点は大同小異と認識した。それから早四年半が過ぎたが,最近の中国のマスコミが日本のそれに似通ってきている印象を強く受けている。また逆に日本のマスコミが中国のそれに似通ってきているような気もする。とくに報道やバラエティーにおいてその傾向が色濃い。
その意味で,帰国後みかけた,ブログ記事「中国からの輸入食品の安全性」は秀逸。要するにどの国の食品であろうと,100%の安全は保証されないということ。それにしてもマスコミ・識者には,十分な分析を経た上で,多角的に報道・発言をしてもらいたいものである。もちろん,上掲記事も一つの分析である。
中国留学時,当地のマスコミの報道には色々考えさせられたが,帰国後,その経験をもって日本のマスコミの報道に接すると,様々な問題点は大同小異と認識した。それから早四年半が過ぎたが,最近の中国のマスコミが日本のそれに似通ってきている印象を強く受けている。また逆に日本のマスコミが中国のそれに似通ってきているような気もする。とくに報道やバラエティーにおいてその傾向が色濃い。
2007.07.31 ▲
固原で開催される国際会議の前後に寧夏・甘粛・陝西における調査を遂行することとした。国際会議における成果公表に同じく,科研費・若手B「碑刻史料等の分析による金元代華北における地方文書行政と地域社会の相互関係の研究」に基づく。会議の集合地点・開催地の銀川・固原,調査の拠点となる蘭州・西安へは,福岡からの直行便はない。このほかの諸条件を勘案し,福岡−上海−銀川−蘭州−臨洮−蘭州−固原−畍察欷埜供殃仁叩泅畧遏蘖兵−乾県−西安−周至(盩厔)−西安−青島−福岡という行程を組んだ。銀川−蘭州−臨洮−蘭州−固原の行程においては,寧夏大学の杜建録氏が同行して下さり,格別の手配を頂いた。また,銀川から西安までの全行程にわたって,山西大学で訪問研究中の井黒忍氏が同行してくださり,西安・周至のほとんどの行程には,南開大学留学中の山本明志氏が同行してくださった。ここにお礼申し上げる次第である。

銀川では,西夏王陵(写真)・寧夏回族自治区博物館・寧夏大学等を訪問。寧夏回族自治区博物館は来年新館がオープンする予定。蘭州では,甘粛省博物館・蘭州市博物館・甘粛省古籍文献整理編訳中心・白塔山公園・王保保城等を訪問。関連文物の調査を行ったほか,関連研究者や大学院生と情報交換・学術交流を行った。臨洮では,臨洮県博物館(嶽麓山)・宝塔寺を訪問。博物館の展示室は閉室していたが,いくつかの寺廟の現状を確認することができた。

学会終了後,固原を発ち,三泊かけて西安へ出る行程。安西王の季節移動にほぼ重なるルートである。平涼では,平涼市博物館を訪問するが,あいにく休館。同館は,明代韓王府の跡地を利用した宝塔博物園という公園の敷地内にあり,明代の宝塔・牌坊等が現存しており,これらは検分可能であった。畧遒任蓮畧邯博物館(城隍廟)・水泉寺跡(大雲寺博物館建設用地)・王母宮石窟を訪問。目当ての元碑・金鐘を実見することができた。現地の文物地図に掲載されていた史天沢墓については,博物館・史跡の職員その他の方々に聞き込みをおこなうものの,よくわからないままに終わる。そもそも,石家荘にあったはずなのに,といぶかしく思う。なお,帰国後インターネットで情報収集するとこのような記事がみつかった。畧鄂猯影,夕刻から夜にかけての大雨のため街が水浸しになった。夕食をとったレストランからホテルまで街を迂回することとなったが,無事辿り着くことができ,また結果として県城とその周辺の地形を知悉することとなった。
畧遒鯣ち,甓呂棒たれた峡谷・山間をバスで移動。長武・彬県を経て永寿に出ると平原が広がる。関中平原だ。乾県では,呉山寺・乾陵・乾陵博物館・懿徳太子墓博物館等・楊漢郷小学・趙后廟・洪教院を訪問。呉山寺の元碑は懿徳太子墓博物館の碑林(写真)に移管されていた。そのほか,郊外に点在する金元碑を実見することができた。タクシーの習師傅の協力に感謝したい。楊奐墓や永寿の飛び地である店頭鎮にも元碑が現存するという情報を得ていたが,時間の関係から割愛。

周至では,楼観台の宗聖宮(写真)・説教台,丹陽観や王保保墓を訪問。楼観台には,多数の元碑が現存している。西安では,小雁塔公園の敷地内に今年五月開館したばかりの西安博物院を訪問。西安地区の文物の量と質に圧倒される。モンゴル史・元代史研究者としては賀氏墓出土品が圧巻。また,元碑を求めて長安区博物館まで足を伸ばすが,何と所蔵品のデータ登録のため臨時休館。
今回の出張でも,現地研究者との交流,博物館所蔵品の検分,史跡・景観調査,碑刻実見において多大な収穫を得ることができた。

銀川では,西夏王陵(写真)・寧夏回族自治区博物館・寧夏大学等を訪問。寧夏回族自治区博物館は来年新館がオープンする予定。蘭州では,甘粛省博物館・蘭州市博物館・甘粛省古籍文献整理編訳中心・白塔山公園・王保保城等を訪問。関連文物の調査を行ったほか,関連研究者や大学院生と情報交換・学術交流を行った。臨洮では,臨洮県博物館(嶽麓山)・宝塔寺を訪問。博物館の展示室は閉室していたが,いくつかの寺廟の現状を確認することができた。

学会終了後,固原を発ち,三泊かけて西安へ出る行程。安西王の季節移動にほぼ重なるルートである。平涼では,平涼市博物館を訪問するが,あいにく休館。同館は,明代韓王府の跡地を利用した宝塔博物園という公園の敷地内にあり,明代の宝塔・牌坊等が現存しており,これらは検分可能であった。畧遒任蓮畧邯博物館(城隍廟)・水泉寺跡(大雲寺博物館建設用地)・王母宮石窟を訪問。目当ての元碑・金鐘を実見することができた。現地の文物地図に掲載されていた史天沢墓については,博物館・史跡の職員その他の方々に聞き込みをおこなうものの,よくわからないままに終わる。そもそも,石家荘にあったはずなのに,といぶかしく思う。なお,帰国後インターネットで情報収集するとこのような記事がみつかった。畧鄂猯影,夕刻から夜にかけての大雨のため街が水浸しになった。夕食をとったレストランからホテルまで街を迂回することとなったが,無事辿り着くことができ,また結果として県城とその周辺の地形を知悉することとなった。
畧遒鯣ち,甓呂棒たれた峡谷・山間をバスで移動。長武・彬県を経て永寿に出ると平原が広がる。関中平原だ。乾県では,呉山寺・乾陵・乾陵博物館・懿徳太子墓博物館等・楊漢郷小学・趙后廟・洪教院を訪問。呉山寺の元碑は懿徳太子墓博物館の碑林(写真)に移管されていた。そのほか,郊外に点在する金元碑を実見することができた。タクシーの習師傅の協力に感謝したい。楊奐墓や永寿の飛び地である店頭鎮にも元碑が現存するという情報を得ていたが,時間の関係から割愛。

周至では,楼観台の宗聖宮(写真)・説教台,丹陽観や王保保墓を訪問。楼観台には,多数の元碑が現存している。西安では,小雁塔公園の敷地内に今年五月開館したばかりの西安博物院を訪問。西安地区の文物の量と質に圧倒される。モンゴル史・元代史研究者としては賀氏墓出土品が圧巻。また,元碑を求めて長安区博物館まで足を伸ばすが,何と所蔵品のデータ登録のため臨時休館。
今回の出張でも,現地研究者との交流,博物館所蔵品の検分,史跡・景観調査,碑刻実見において多大な収穫を得ることができた。
2007.07.30 ▲

2007年7月20日〜23日,中国寧夏回族自治区固原市において開催された「成吉思汗与六盤山国際学術研討会」に参加してきた。科研費・若手B「碑刻史料等の分析による金元代華北における地方文書行政と地域社会の相互関係の研究」の成果発表に係る出張。
20日,杜建録氏・井黒忍氏とともに,蘭州から固原に移動。昼頃到着し,レジストレーションを済ませる。21日午前,開幕式の後,全体大会において報告。午後は,畍擦飽榮阿掘は使彁街鳩劃浩紀念館・涼殿峡におけるエクスカーション。畍伺顱22日午前は,野荷谷・安西王府遺跡(開城遺跡)におけるエクスカーションを経て,固原市へ帰着。午後は,全体大会の後,分科会。第二会場の「元代歴史文化」を聴講。日本からは山本明志氏・井黒忍氏が発表。23日午前,戦国秦長城・固原市博物館におけるエクスカーションの後,閉幕式。大半の参会者は学会が用意した車で銀川に戻って解散するが,甘粛東部から西安にかけて調査を行うため,午後,固原市バスターミナルから平涼へ向かう。
2007.07.29 ▲
13:00より科研・基盤B「朝鮮書籍から見た中世の日本と国際関係」(研究代表者:佐伯弘次)の研究集会。
坂上康俊「宋代外交文書の分類と復元の試み」
坂上康俊「9〜10世紀日本の南方国境問題」
六反田豊「山口市・洞春寺所蔵『新編古今事文類聚』紙背朝鮮文書について」
研究会終了後,会議。続いて中洲に出て懇親会。
坂上康俊「宋代外交文書の分類と復元の試み」
坂上康俊「9〜10世紀日本の南方国境問題」
六反田豊「山口市・洞春寺所蔵『新編古今事文類聚』紙背朝鮮文書について」
研究会終了後,会議。続いて中洲に出て懇親会。
2007.07.08 ▲
渡辺健哉 2007 「元の大都の形成―「中国の王権と都市」によせて」 『中国の王権と都市―比較史の観点から― 大阪市立大学大学院文学研究科COE/重点研究共催シンポジウム報告書』 大阪:大阪市立大学大学院文学研究科・都市文化研究センター
2007.07.06 ▲
高井康典行 2007 「遼代の遼西路について」 福井重雅先生古稀・退職記念論集刊行会(編) 2007 『福井重雅先生古稀・退職記念論集 古代東アジアの社会と文化』 東京:汲古書院
2007.07.06 ▲
土日は,アジア・アフリカ言語文化研究所共同研究プロジェクト「遼・金・西夏に関する総合的研究―言語・歴史・宗教―」(主査:荒川慎太郎)に基づく東京出張。プロジェクト研究会に出席。
1)荒川慎太郎「西夏語研究の近年の課題」
2)武内康則「契丹語音韻体系の研究における諸問題」
3)プロジェクト打ち合わせ
懇親会でも色々と情報交換ができた。
翌日,「拓本の世界―3館所蔵善本碑帖展―」のうち,「槐安居中国碑帖コレクション」(東京国立博物館東洋館第8室)・「中国五千年 漢字の姿[フォルム] 三井聴永閣拓本名帖の全貌」(三井記念美術館)を参観。
1)荒川慎太郎「西夏語研究の近年の課題」
2)武内康則「契丹語音韻体系の研究における諸問題」
3)プロジェクト打ち合わせ
懇親会でも色々と情報交換ができた。
翌日,「拓本の世界―3館所蔵善本碑帖展―」のうち,「槐安居中国碑帖コレクション」(東京国立博物館東洋館第8室)・「中国五千年 漢字の姿[フォルム] 三井聴永閣拓本名帖の全貌」(三井記念美術館)を参観。
2007.07.02 ▲
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