
7月23日から8月2日まで,「慶賀蔡美表先生八十華誕“元代民族與文化”國際學術研討會」参加及び河西回廊における史跡・景観調査のため,中国に出張してきた。福岡−北京−蘭州−武威−張掖−嘉峪関−敦煌−北京−福岡という行程。九州・シルクロード協会の学術調査費に係る渡航。
往路では北京に二泊。北京では開通したばかりの機場快軌で市内入り。徳勝門・北京市古代銭幣展覧館・西海・後海・白塔寺・歴代帝王廟を訪問し,併せて書店における資料収集を行った。また,中国社会科学院民族与人類学研究所,歴史研究所,北京大学の研究者と面会し,研究情報を交換した。北京はあちこちで多くの警察官・ボランティアを目にし,地下鉄の駅や飛行場,観光地での手荷物検査も厳重で,五輪モードに入っていることを実感。ただ,市内では一般車両の通行制限があるため,渋滞はほどんどしておらず,タクシーでの移動にストレスを感じることはなかった。また,機場快軌・地下鉄の開通により,空港のアクセスと市内での移動が格段に便利になった。今後はそれほどタクシーに頼らなくなるだろう。
25日に蘭州入りし,26日国際会議初日。午前は西北師範大学にて開幕式・記念撮影・全体大会。日本からは櫻井智美氏が報告。続いて西北師範大学博物館参観。。午後は友誼賓館に会場を変えて分科会。第二組第一場で方鉄・鄒建達両氏の報告のコメンテーターを担当。その後,甘粛省博物館を訪問。晩餐会の後,黄河鉄橋・黄河母親彫像を参観して解散。27日は,蘭州を離れ,武威を経由して次の開催地の張掖へ移動。途中,武威の白塔寺(百塔寺)・文廟(武威市博物館)・西夏博物館を参観。夜は木塔寺まで散策。28日午前は河西学院にて分科会。第二組第二場で朱耀廷氏と共同で司会を担当。その後,大仏寺(張掖市博物館,写真)を参観。午後の全体大会で報告。閉幕式をもって国際会議は終了。宴会後,木塔寺を経て鎮遠楼まで散策。
29日から31日までエクスカーション。嘉峪関・敦煌にて嘉峪関長城・莫高窟・鳴沙山・月牙泉・雷音寺を参観。31日午後,エクスカーションの行程がほぼ終了したところで単独行動。莫高賓館にチェックインし,白馬塔・西千仏洞・玉門関・陽関博物館を回る。夕食は沙州市場にて。8月1日,朝食はホテル近くで蘭州拉麺。蘭州ではホテルのビュッフェの蘭州拉麺しか味わえなかったのだが,ようやく念願の正式な蘭州拉麺にありつくことができた。その後,敦煌市博物館を参観し,敦煌を発って北京へ向かう。
ホテルにチェックイン後,リニューアルされた孔廟和国子監博物館を参観。夕食は行きつけのウイグル料理屋に行く。無事改装が終わっていて営業が再開していた。ホテルに戻ると,ホテルの隣もウイグル料理屋だったことに気づく。なかなか繁盛している様子。次の機会に行ってみようと思う。2日,朝の便で北京を発つ。
2008.08.03 ▲

三島海雲記念財団平成19年度(第45回)学術研究奨励金(2007年度)「中国山西省北部における金元石刻の調査・整理と研究」に基づき,晋北(山西省北部)地域において碑刻調査を行ってきた。共同研究メンバーの飯山知保氏・井黒忍氏との共同調査。予算の関係で日程を少なめにしたため,計画段階で調査対象地を絞り込んだが,現地の天候・交通事情や有能な運転手に恵まれ,一都市多く回ることができた。最終的な行程は北京−天鎮−陽高−大同県−大同市−渾源−応県−山陰−朔州−懐仁−大同市−北京。

訪問地域の博物館・文物管理所・寺廟・史跡において、本課題の対象とする当該地域の遼金元碑刻資料の大半について現状を確認し、実物に基づいて調査を実施した。その結果、遼金元仏教史料やモンゴルに貢献した北辺の漢人の具体例としての孫氏関係史料等多くの重要史料が確認できた。写真は懸空寺(渾源,上)と仏宮寺木塔(応県,下)。
2008.03.23 ▲

科研・基盤B「朝鮮書籍から見た中世の日本と国際関係」(研究代表者:佐伯弘次)に基づき,韓国慶尚南道の沿岸・島嶼地域を踏査。メンバーは,佐伯弘次氏を団長として,伊藤幸司・桑野栄治・坂上康俊・森平雅彦・山口輝臣の各氏と舩田善之。四泊五日で福岡−金海−馬山−統営−巨済−昌原−鎮海−金海−釜山−金海−福岡という行程。
中近世の東アジア国際関係史に関する重要史跡(合浦・多大浦・知世浦倭城など)や高麗・朝鮮時代の官衙・城跡(会原県城跡・鎮海県衙・統制営・烏壌城など)を踏査し、また、馬山市立博物館・国立金海博物館で関連展示物の調査を行った。モンゴル−日本の外交・戦争の関連地点も実見できた。写真はモンゴル使節が風濤険阻を理由に引き返した松辺に比定される多大浦。
2007.11.03 ▲

科研費・若手B「碑刻史料等の分析による金元代華北における地方文書行政と地域社会の相互関係の研究」に基づき,山西中東部における碑刻調査を実施した。陽泉市域と晋中市域東部の悉皆調査を目指し,太原−寿陽−盂県−陽泉−平定−昔陽−和順−左権−楡社−太谷−太原−古交−太原という行程を組んだ。井黒忍氏・飯山知保氏が同行。
このメンバーでの山西省における共同調査も4回目を数えるが,今次の調査はこれまでに比して難所が多く,最も激烈困難を極めることとなった。また,ここ数年での碑刻をめぐる大きな変化を目の当たりにし,我々の調査の意義を改めて強く認識した次第である。写真は楡社県西郊に位置する崇聖寺。
これまでの調査同様,タクシーの運転手,研究機関・寺廟を始めとする現地の方々には多岐にわたるご協力を提供頂いた。改めて深謝したい。
2007.09.17 ▲

研究打合せ,史料調査のため、山西省太原及び江蘇省南京・蘇州に出張。南京・蘇州には学術研究員の内田直文氏と大学院生の市丸智子氏が同行。科研費・基盤B「前近代東アジアにおける文書とその伝来に関する比較史的研究」(代表:坂上康俊)に係る出張。
太原では,訪問学者として山西大学に滞在中の井黒忍氏より,山西省図書館所蔵拓本など現地の史料状況について情報を提供して頂いた。また,氏の取り計らいで,山西大学の張俊峰氏と面会し,今後の現地調査や研究協力などについて意見交換を行った。
南京では,劉迎勝氏・張学鋒氏らのご尽力により,南京大学博物館所蔵の金元期拓本数点を実見調査し,所蔵拓本とその整理状況の説明を受けた。併せて劉迎勝氏・高栄盛氏・楊暁春氏と今後の調査や研究協力などについて意見交換を行った。また,同大学の教員・院生と学術交流を行った。ほか,夫子廟などにおける調査を実施した。
蘇州では,蘇州碑刻博物館・蘇州博物館・虎丘(写真)などにおいて調査を行った。蘇州博物館には元娘娘(張士誠の母親)墓出土品が展示されていた。
毎度のことながら,劉迎勝氏・高栄盛氏・華濤氏・張学鋒氏・范金民氏・宮海峰氏を始めとする南京大学の教員・院生の方々には多岐にわたり便宜をはかって頂いた。改めて謝意を表したい。
2007.09.17 ▲

2007年8月16〜17日,韓国学中央研究院(韓国城南市)で開催された国際学術会議「13-14세기 동아시아의 법과 사회 −『至正條格』출판기념−」に参加してきた。校費による出張。
2002年,韓国慶州で発見されて以来,関連研究者の強い注目を浴びていた,元刊残本『至正條格』がついに公開されるということで,強行スケジュールも厭わず,出席してきた。
影印本・校註本(後者は研究篇も含む)全二冊の刊行を慶ぶとともに,過密スケジュールの中,校註・研究を行い,公刊にこぎ着けた研究者の方々に敬意を表したい。
学術会議では,韓国人研究者から박병호・허흥식・李玠奭・金浩東・金文京・安承俊・魏恩淑,外国人研究者から,陳高華・李治安・植松正・洪金富・Bettine Birgeの各氏が報告を行い,新史料を前にした興奮そのままに,討論も熱気を帯びたものとなった。会議の性質上,規模としては大きくないものの,韓国の研究者・大学院生が多く来会し,海外からは森田憲司・櫻井智美・趙・特木勒の各氏の出席があった。
蔵書閣では件の『至正條格』原本や各種古文書・典籍を実見させて頂いた。
今後,加速するであろう関連研究の展開への期待,そしてさらなる新史料の出現への期待に胸ふくらんだ二日間であった。
2007.08.21 ▲
雲南・四川における国際会議・調査の後,北京へ。第一の目的は,現地研究者との情報交換。中国社会科学院民族学与人類学研究所・歴史研究所,北京大学の研究者と面会し,各種情報の交換を行い,また今後の共同調査の計画について打合せすることができた。北京訪問中の井黒忍氏・渡辺健哉氏,台北から訪問中の許正弘氏とも会うことができ,それぞれの会食は賑やかなものとなった。

第二の目的は,書肆における資料収集。日程の制約から十分とは言い難いものの,一定程度の収集を達成した。理想をいえば書肆巡りに丸三日確保したいところだ。海淀の面貌が一新されていた。写真は新たにオープンした中国書店。

第二の目的は,書肆における資料収集。日程の制約から十分とは言い難いものの,一定程度の収集を達成した。理想をいえば書肆巡りに丸三日確保したいところだ。海淀の面貌が一新されていた。写真は新たにオープンした中国書店。
2007.08.21 ▲
